地球管理局 / extra repots



「で、今日はいったい何なのよ?」

 部屋には二人。
 救世主サポート役(予定)のアルセとミュレが陣取っている。
 ミュレは露骨に不機嫌そうだ。
 ミュレの顔にはどう見ても「なんだその胡散臭い話は」と書いてある。
 ある意味便利かもしれない。

「ほら、依代さん達の紹介ってあったじゃない。
それを私達でもやろうってお話らしいだけど……」

 二人っきりで一人は機嫌が悪い。
 そして、もう一人がそこまで開き直れていないのだから、矛先は当然そちらに向く。
 アルセからしてみれば針のむしろだろう。
 しかも、声をかけたのがアルセ自身なんだから、伝言を頼まれたとはいえ不幸なことこの上ない。

「それはいいけど、なんであんたと一緒なのよ?」

「…………さあ?」

 二人とも救世主のサポート役(予定)だからだろう。
 アルセにもそれは判ってるけれど、ここでそんなことを言っても
「なんでアタシとあんたが一緒くたなのよ!!!」と、また不機嫌になるに違いない。
 アルセ、ここは我慢の子。
 報われるとは思わないけれど。

「さあじゃないわよ、さあじゃ。
もうちょっと、はっきりとなさいよ!!」

 予想通りと言えば予想通りだが、当然のようにアルセの努力は報われなかった。
 素直に話すよりはよっぽどましだっただろうけど。

「うーー、私だってここに来いって言われただけなんだからしょうがないでしょ!!」

「けど、アタシを呼んだのはあんたなんだから、責任とりなさい!!」

 だからって文句を言っても弱い立場のアルセが勝てるわけもなく。
 むしろ飛んで火にいる夏の虫。

「あっ、うっ……
私にそう言われても……
私だって被害者なのに……」

「それはあんたの理屈。違う?」

 更に同情を誘おうとしても、ミュレに情けなどあるわけもなく。
 むしろ更にたたき落とされる。

「それは……そうだけど……。
こっちの都合だって考えて欲しいなって思うんだけど……」

「残念。アタシには関係ないわ」

 にべもない。
 まあ誰でも機嫌が悪いときはこんなモノだろう。
 おそらく。

「そんなこと言わないでよ。
私だって、これのせいで休み潰されてるのよ……」

 追いつめられてきたアルセの必死の抵抗。
 けれど、噛みつけばより強く噛みつかれるわけで。

「何言ってるの!!
そんなのこっちも同じよ!!」

 ほら噛みつかれた。
 しかも発言が迂闊すぎる。

「う゛っ!!!
それは……」

「ああ、そっか。休みの補填くらいしてくれないと割に合わないわよね。
あんたが次の仕事代わってくれる?」

 その結果こういうことを言われるようになるわけで。

「同じ職場にいるのにどうやるのよ!!」

「そんなのあんたがアタシの分まで仕事すればいいじゃないのよ」

 逆切れして乗り越えようとしても、冷静に突っ込み返されてしまう。

「うそっ!?
そ、そんなのに無理に決まってるじゃない!!」

 逆切れしたならしたで、冷静に受け答えしなければ目もあるのに……。
 下手に冷静に受け止めると……。

「あら?
やる前から決めつけるのはよくないわよ、アルセ。
やっぱり、一度試してみないとね?」

 そこを責められることになる。

「無理よ!!
無理無理無理無理!!」

 確かに普段の仕事ぶりからするにアルセでは無理だろう。
 けれど、そんなことをする必要は端からないのに首を振って全力で否定したりするから。

「じゃあ、どうやってこの件について謝罪してくれるのかしら?」

「謝るだけじゃ……駄目よね……」

 こういうことになる。
 謝るなら初めに謝っておくべきだったと言う良い見本だ。

「当然ね。
もうちょっと具体的にどうにかして貰わないと」

 もうすでにミュレは具体的な「誠意」を期待しているし、アルセもほぼそれに同意している。
 痛い目を見ているのはアルセだけだ。

「ええと、じゃあ……」

「じゃあ、何よ」

「食堂の食事券10枚綴り、とか」

「却下」

 即断。
 それも当然だろう。
 むしろ言わない方がましだったかもしれない。

「あうぅっ……。
じゃあ、肩叩き券?」

「小学生の母の日の贈り物!?
アルセ、もしかしなくてもアタシに喧嘩売ってるでしょ」

「そ、そんなことない!!
まじめに考えてる」

 真剣な口調。
 冗談抜きで、まじめに考えてこの答え。
 ……ある意味素晴らしい。
 火に油を注いだだけとしか思えないが。

「あっ、そ……。
まじめに考えてそれなわけ」

「うっ、うん……」

 俯くアルセ。
 流石にさっきの答えが禄でもない自覚はあるらしい。
 なら、言わなければと思うのだが……。

「はぁ……。もう良い、わかった。
今度一回、アタシの言うことを聞く。
それでいいわね?」

「えっ、それは……」

 いくらなんでもそれは納得出来ないだろう。
 当然だ。
 だが、アルセの意見の通る時期はすでに終わっている。
 ……ご愁傷様。

「良いわよね?」

「ふぁい……。私だって被害者なのに……。
なんで私だけミュレに文句言われ……。
ううぅっ…………言うこと聞けなんて……」

 当然のように、ミュレの勢いにアルセは押しきられてしまう。
 アルセは項垂れて地面に字を書き始める。
 ……そこだけ周囲から切り離されたように黒く沈んでいる。
 あまりの哀れさに手をさしのべたくなる。
 そんなオーラが漂っている。

「しっかし、それにしても誰も来ないわね」

 だが、ミュレはまったく意に介さない。
 慣れとは恐ろしいものだ。

「ほんと。
約束の時間、もう三十分は過ぎてるのに……」

 無駄なことに気づいたのかそれとも別の理由か。
 アルセもミュレの言葉に賛同する。
 というか、もう少し早く……いや、やめておこう。

「これ以上は待ってても……って、それ何?」

「これ?
来たときからあるんだけど。
ただの紙袋でしょ?」

 アルセの言うとおり机の上には紙袋が置かれている。
 ただ、少し大きい。
 今まで話題に上らなかったのが不思議な程度には。
 しかも口はぴっちりと閉じられている。
 好奇心をくすぐるったらありゃしない。

「……ちょっと貸しなさい」

「うん」

 ミュレの手に紙袋が渡る。
 遅滞なくミュレは紙袋を開く。

がさがさがさっ。

「んっ?」

「どしたの」

 アルセも興味津々という様子でミュレの手元――紙袋を覗き込んでくる。
 事実それはただの紙袋だ。
 中身もスナック菓子やら、酒の肴やら特に代わった物は入ってない。

「なんで、こんなところに?」

「さー?

 パンパンパパンッ!!!!

「なっ、なんなの!?」

「きゃぁっ!!!」

 カシャカシャカシャ!!

 派手な炸裂音に続いて、シャッター音&フラッシュが部屋の中を占領する。
 二人は紙袋を手に固まったままだ。

「はははーー、驚いた?」

 部屋の扉は開き、何時の間にか管理局員が数人カメラとクラッカーを構えてにやにやと二人を眺めている。

「レナス……つーか、あんた達……」

「いったいなんなおよぉ……」

 ミュレは切れかけているし、アルセは半泣きだ。
 当然の反応か。

「いや、ほら、あんた達が救世主のサポートらしいから出世祝いと嫌がらせをかねて、ねぇ?」

 レナスが端的に説明する。
 他のメンツもうんうんと頷いている。
 要するに二人は完璧にはめられたわけだ。

「……暇人ばっかりなんだから」

「あはははははー、まあたまのことなんだからいいじゃない。
ほら、アルセも悪かったから」

「ううぅっ……。今度こんなことしたらひどいんだから……」

「はいはい」

 二人の文句も軽く受け流される。
 目的を達した者の余裕というやつか。

「で、レナス。勿論これで終わりじゃないでしょーね?」

「当然。これから一晩騒ぐわよ」

「えっ、ちょっと、みんな本気なの!?」

『当然』

 アルセ以外の声がはもる。
 こういう時の生け贄は良い子ちゃんに決まってる。

「よーし、アルセから引っぺがすわよ!!!」

『おおーーーっ』

「きゃあぁあっ!!! 助けてーーーっ」

 ミュレの先導で全員がアルセに襲いかかる。
 宴会はまだ始まったばかりだった。