夢を見るということ / wish in the dream?




「マスター、マスターーっ!!」

「ううっ……。あと五分……」

「いけません。朝食が冷めてしまいますから」

「じゃあ、先に……」

「誰の為に作ったと思ってるんです? さっさとお起きになってください!!」

「……むう」

「はぁ……。お洋服は椅子に置いておきますので、着替えてきてくださいね。私はまだ、準備がありますから」

「……ああっ」

 まだ寝ぼけ眼を擦っているマスターを寝室に残して、私は食事の仕上げに取りかかる。
 スライスして置いたチーズとパンを食卓に並べ、あっさりめでも量は多めのポテトサラダのボールをそれに添える。
 それから、仕上げ前で止めて置いたブルストに最後の味付けをしながら火を通す。
 少しだけブルスト切り取って味見する。

「んっ、問題ないです」

 焼いたブルストをテーブルに並べて、あとはマスターが……。
 起きて来ないですね、いつものことながら。

「はぁ……。まったくマスターは……」

 私は寝室へ取って返す。
 まったく、マスターときたら、すぐに実験とか研究とか言い訳して夜更かしをしてしまうのだから。
 朝起こす私の立場にもなってみて欲しい。
 まあ、頼られている実感は嬉しいものだし、マスターの寝顔を見るのも……。
 ぷるぷる。
 熱くなった頬を冷ますように慌てて首を振る。
 まったく、私も何を考えているんだろう。
 そうだ。早くしないとせっかくの朝食が冷めてしまう。
 寝室の扉をくぐる。
 マスターは……。

「はぁ……」

 予想通りとはいえ、少し情けなくなる。
 マスターはさっき部屋を出るときに見た体勢――上半身だけ起こしている――のまま、寝息を立てていた。
 仕方ない。

「マスター、起きてください!!」

「うわっ!? ……フィネか。脅かさないでくれ」

「マスター……。何言ってるんですか。さっき起しに来たじゃないですか」

「……そうだったかな?」

「そうです!! もう、しっかりしてください!!」

「ああ、すまなかった。……で、朝食は?」

 なんてのんきな……。
 でも……この顔をされるとどうしてもあとの言葉が続かない。

「……出来てます。だから、起しに来たんじゃないですか」

「悪かったよ。じゃあ、朝食にしようか」

「はい」

 マスターが部屋から出ていく。
 私もマスターのあとに続いて、部屋から出ようと……。
 どうしてだろう。
 マスターの後ろ姿がどんどんと遠ざかっていく。
 走る。
 走るほどの距離もないことも忘れて、私は駆け出す。
 それでも、マスターの背中はどんどんと離れていってしまう。

「マスター! マスターーッ!!!」

 叫んでも、マスターは振り向いてくれない。
 違う。もう、自分でも叫んでいるかどうかすらも、判らない。
 遠く霞むマスターの背中。
 それを見て、私はもう気づいてしまっていた。


 これが夢だということに。


 幸せだった頃の――。
 ――まだ、名前で呼ばれていた頃の儚い夢。


 覚めなければ良かったのに。
 夢に浸っている私はまだそう考えている。

 けれど――

 けれど、私は――”機械”である私は。


 すでに、さめていた。


 夢からも。
 何からも。
 
 全身の機能を確認。
 戻り値は全て修正誤差内……問題なし。
 服を着替える為に立ち上がり、姿見で現状を確認。
 ……涙?
 眦に一瞬だけ光るものが見えた気がする。
 けれど、任務に支障はない。
 無視して、服を着替える。
 準備完了。
 問題なし。
 踵を返し、部屋をあとにする。


 思い出を記録の海に沈めながら……。